時のまにまに…

KinKi Kids・Travis Japan・ふぉ〜ゆ〜…など、ジャニーズがすき。高畑充希ちゃんも大好き。舞台現場最高。2023は北村匠海くんからDISH//にハマり色々環境変わりつつあります。本当はもっと更新したい。

思い出話を少しだけ。

ひさしぶりに、彼らの話をしてみようか。

 

 

BGMはNEWSの『星に願いを』という感じです…

 

 

※文体がバラバラで整っていないのは、書きたいと思ったことを書きたいときにメモして追記しているから。公開するかわからないまま、とりあえず書いてみている状態。自分用の心境メモとかそーゆーモノ。

※せっかく書き上げたから勢いで出してしまおうかと。

 

 

去年のツアーWORLDISTAをもって私のシゲアキ担人生は幕を下ろした訳だけど、担降りしたからってキラキラだった思い出はキラキラのままだし、何より一度は大好きだなぁって思って必死こいて応援していた人たちをそう簡単にキライになんてならない。

 

シゲ担時代に、どこが好きだったとかあの時あの瞬間が特別だったとか、そーゆー話はあまりしてこなかった。なぜなら、私が騒いでいたときには必ず身の回りに聞いてくれる人たちがいたから。SNSとかで情報を得て、一通り騒ぎまくって、落ち着いた頃にネットにもう一度向かい合う。言いたいことはみんな話した後だったから、わざわざ文章にするまでもなかったというか。

私がTwitterを本格的に始めたのも大学生になってからなので、ここ3~4年の話。でも、そのときの気持ちを言葉にしておくことの大切さを知ることが出来たので、今回こんな思い出話をしてみているわけです。

 

 

彼が事務所を辞めて、NEWSはまた新しい体制に生まれ変わった。

このことは、私にとって“青春の終わり”を意味しているなぁと、考えている。4人のNEWSこそが私が青春を捧げた存在であるし、だからこそあの頃大好きだったあのNEWSは失われてしまったんだなって感じて…。でもそれと同時に、4人のNEWSが失われたことを悲しいなと感じることが出来た自分に、ちょっとだけびっくりした。去年、もう未練は無いなって思ったし、ただただ彼らの幸せ(4合わせ)が末永く続きますようにと願って、私にとってのNEWSとの思い出を美しいままに閉じ込めておくために担降りを決心した。だから、たぶん今回のことでダメージはそんなに受けないかなって思ってたんだけど、普通にツラかったし悲しかった。私は大切な青春の思い出をキラキラなままで閉じ込めておこうと思ったから、ちょっと早めに扉を閉めたけど、もう一度扉を開けたら夢の続きが見られるんだって、心のどこかで信じていたからなのかもしれない。今扉を開けたって、前に見ていた夢たちの続きはもう見られなくて、新しい夢を描くことしか出来ないんじゃないかなって。でも、それでもいいから、3人とファンとでNEWSというグループの夢をどんどん描き続けていって欲しいなぁと、私は思ってる。それを見守って、時々一緒に夢を実現するための応援ができたら幸せだ。

 

夏は、私にとってNEWSとの思い出の季節。あの夏の日を思い出す。だからきっと、この夏も忘れない。

 

 

 

ここからはちょっと昔の自分語り。

好きだった自分を肯定してあげて、忘れない大切な思い出にしておくために。思い出の一部を言葉にするとどれくらい長くなるのか、ちょっと興味があった。

 

 

私のシゲアキ担全盛期は中高生時代、しかも女子校だったからなのか周りにはうじゃうじゃ各種ジャニオタ勢揃いといった環境だった。

そもそもNEWSを好きになったきっかけも、同じクラスで当時仲良くしてた嵐担2人のうちの櫻井担が従姉妹に関ジャニ∞とNEWSのCDを大量に渡されたとかで昼休みに私(大野担)と二宮担にそれを聴かせてくれたことだった。

私と二宮担の彼女は歌を歌うのが大好きで、櫻井担の彼女はピアノを弾くのが好きだった。そんな私たちに楽曲が突き刺さったのは、他でもない《テゴマス》だった。

2012年の秋頃だったかな。私は依然として嵐ファンでありつつ他のグループもチェックするようになって、気づいた時には二宮担は手越担になり、櫻井担は掛け持ちしまくりのエイターになった(笑)

昼休みの時間は先生がいないから無法地帯と化してて、友達のスマホでライブ映像をみたり、YouTubeみたり、教室にあった電子オルガンで耳コピして好き勝手歌ってたり、とにかく騒がしくて混沌としてた。中二病という言葉があるけど、リアルに中学二年生の時だったからまぁそこそこオタクこじらせてたわけですよ、みんながみんな。

手越担になった元二宮担がKちゃんNEWS(主に妄想キッスシチュエーションのコーナー)にハマって、私もKラジは毎週チェックするようになった。大野智さんが好きだったことから釣り好きで絡みのあったシゲにハマるのに、そんなに時間はかからなかったし、なによりもシゲアキさんのラジオがすごく面白くてNEWSだったらシゲだわ~と言ってたわけです。週末にはwktkを3時間リアタイしてメールを送りまくったり、日曜の夜はニノのベイスト聞いてシゲ部聞いて、とにかくラジオに時間を縛られた生活を送ってた。修学旅行の自由行動ではジャニオタが集結した行動班を組んで嵐山の車折神社に行ったり、ロケ地めぐりしたり、夜には恋バナではなくて妄想キッスを聞いて発狂したり、、とにかく学生生活の全てに色濃く嵐とNEWSの思い出が詰まってる。

残念ながら親に許されなくてファンクラブに入っていなかった私なんだけど、中学3年生の誕生日に親がついに嵐のファンクラブに入ることを許してくれた!今まで嵐担のお友達がライブに応募して当たったはずれたと騒いでいるのを横目に見てうらやましいなぁと思っていたけど、ようやく同じ土俵に立てる!と喜んだことを覚えている。そんな頃だった、もうすっかり嵐とNEWSの掛け持ちになりかけていた私だけど、手越担の彼女にライブに応募して当たったから一緒に行く?と誘われたのは!今更ファンクラブ入っても申し込みに間に合わないなぁと諦めてNEWSのファンクラブに入っていなかったので、それはそれは嬉しいお知らせだった!親にお伺いを立ててOKが出たから是非行きたい!と返事して、私の人生初ジャニーズアーティストのライブはNEWSに決定したのだった。期末テストが始まる前にカラオケに行ってNEWSやテゴマスの曲を死ぬほど歌ってみたり、テスト期間も乗り越えたらライブだ!!と言って放課後残ってNEWSの歌流しながら替え歌して暗記を一緒にやったり、テスト終わったら貸してもらった2012年のライブ『美しい恋にするよ』のDVDを毎日見てC&Rを覚えたり、発売されたNEWSのアルバムを買って聞き込んだり、、、とにかく本当に本当に準備期間から猛烈に楽しかった!!その日はライブ終わりにその子の家にお泊まりする予定も立てて、生まれてこの方東京住みだけど決して都会育ちではなくてそこそこ過保護な親の監視下でめちゃめちゃ制限された生活をしていた私にとって、そのライブの日は正しく大冒険だった。午前中部活があってグッズ買いに行けない私はその子に代行頼んで、お昼過ぎに外苑前の駅で合流して秩父宮ラグビー場に向かった。あの景色は本当に忘れない大切な思い出。

 

NEWS LIVE TOUR 2013 NEWS MAKES YOU HAPPY! MAKES THE WORLD HAPPIER!の秩父宮ラグビー場、2013年7月26日。その日はツアー初日だった。客席にいるファンの誰もがセットリストを知らず、どんな演出があるのかもわからず、とにかくドキドキワクワクしてる空気が、とっても心地よくて。今でも私が初日好きなのは、その影響もあるのかなぁとふと思ったりもする。早くから並んでグッズを買ってくれた手越担のおかげで、長蛇のグッズ列を横目に見つつ、開場してすぐに入場して、人の入ってないがらんとした空間に妙に緊張したのを覚えている。当ててくれた席は、バクステ間近のアリーナ席。ほぼほぼ最後列のブロックでバクステと外周花道とアリトロが通る通路に囲まれたかなりの良席だった。しかし、ちびな中学生の私にはなかなか酷だった…(笑)だってメンステもセンステも人が入ったらほとんど見えないんだもん(笑)

初めて生で見たジャニーズ・NEWSのライブはとっても格好良くて、ものすごいエネルギーに圧倒されて、今まで経験したことのない感動を味わわせてくれた。最新アルバムの曲を中心に、夏らしい曲やライブ定番曲はもちろん、新しく生まれ変わった4人のNEWSをより彼ららしい色で彩った素敵なライブだった。当時の私は勉強不足だったので、みんながキャー!!と盛り上がったSHOCK MEを知らなかったし、Liarも知らなかった…。カッコイイ曲だなーってくらいにしか思えなかった自分が勿体なくて、未だにちょっと引きずってる(笑)ふざけたゆるい雰囲気でテンポ良く会話が進んでいくNEWSのMCが、ラジオみたいで面白いなぁ~楽しいなぁ~って思ったり、10周年でドーム公演が決まったというお知らせをくれて、喜ぶ彼らとファンの関係性が素敵だなぁと思ったり、ライブのタイトルにふさわしいとにかく幸せがあふれる楽しい空間だった。野外の会場に特別な想いがあるのも、きっとこの初めてのライブが影響してる。席のすぐ脇にあったウォーターキャノンがドッカーンと上がって、数秒の空白の後にすさまじいゲリラ豪雨かのように大量の水が落ちてきて周り中ビッシャビシャになって私たちもずぶ濡れになって、、みんなでうちわ無事ですか?って笑って言い合ったり、タオル被って濡れた髪を拭いたり、椅子が水溜まりみたいになっちゃってて笑ったり…。夏の野外ライブって楽しいなぁって思った。2013年はドームの10周年公演が円盤化されたけど、ツアーの本編映像はあまり残っていないのが残念。あのときのシゲアキさんは髪色が明るくて、とってもキラキラしていたし、超絶イケメンだったので。アリトロから目を見て手を振ってくれた彼に、心臓ずっきゅーんと撃ち抜かれた感じだった。

 

とにかく、あの日の印象は強烈に残っていて、ライブ終わりの熱気とかどんな会話をしたかとか、もう7年も前のことなのに鮮明に覚えている。実は、その後初めて自分で申し込みをした嵐の国立競技場でのアラフェスに当選して、9月に嵐を観に行くことになるんだけど、友達の関係とかで色々やらかしてしまったこともあって、私の中での嵐とNEWSの優先順位が逆転していった。間違いなく、あのライブが私の担降りのタイミングだった。すぐにNEWSのファンクラブにも入ったし、やっぱり遠くの嵐より近くのNEWSっていう、、現金だね(笑)

手越担だった彼女は、一緒にライブに行った直後に気持ちがジャニーズからアニメに移ってしまったようで、すごくあっけなくオタ卒していった。彼女には感謝しているけど、いつからか話し難くなってしまって、ろくに話さないまま卒業してしまった。結局SNSで辛うじて繋がってるレベルのただの同級生枠に落ち着いた。

 

NEWSが大好きだった日々は、中3~高校3年までの期間の記憶があんまり無い私の唯一の楽しかった記憶と言っても過言じゃない。とにかくツラかった中高時代、周りにNEWS担だけはなぜか居なくて、なぜか関西担ばかりの友人たちの中で一人ひっそりと(でも声を大にして)NEWSを応援してた。NEWSファンになってから、私はジャニオタになった。KinKi Kidsにハマり、Sexy Zoneにハマり、岸くんにハマり、、どんどん好きな人たちが増えていった。でもどんなときも、私のホームはNEWS。毎年ライブに行くのはNEWSだけだし、欠かさずにテレビを見るのもNEWSが最優先だった。ライブに一人で行くのはどうかなぁと思って、母を連れて行っていたのだけど、Whiteの直後くらいだったかな?今まで散々舞台だのライブだのに連れて行っても全く響かなかった母が、急にNEWSにハマってしまった。親子でファンという人は多いと思うのだけど、私の場合はこれがちょっぴり困った出来事だったのよ…。なぜなら、私と母は性格が正反対で、考え方も根本から違うタイプだから。まぁ、なんていうか、よくみんなが言う“解釈違いの同担”的な感じよね。私はシゲマスが好きなシゲアキ担だったんだけど、母は4人とも好きで選べないと言いつつ絶対的にコヤテゴが好きな手越担だと私は思ってた。ライブに行っても向いてる方向・見てる人が常に違うし、終わった後の感想も共感はまず得られないし、えーそんなことあった?見てなかった!と言われる始末で…。なんかわからないけど、知らず知らずのうちに心を消耗していたみたいな感覚になっていってしまった。母は意見があわなかろうがお構いなしに感想を議論したい派なので、テレビやライブ映像やらを見ると必ず私に感想を聞きたがり話しかけてきた。私は意見の合わない人とはなるべく関わりを避けたいタイプなので意見を求められたから言ったのになぜか反論されてしまうことや、母目線での感想を押し付けられることがだんだんつらくなってしまった。NEWSを見ないようにすれば、その機会が減るだろうと思って、次第に見ないようになっていった。まぁ、受験もそのタイミングであったしね…。受験を終えてからは、NEWSはほとんどチェックしてなかったけど、発売されたCDとライブのチケットだけは手に入れるぞ!という心意気で、現場優先のゆるおた的な感じになっていた。ちなみに受験前からすでに本命はずっとKinKi Kids

 

私にとって同じNEWS担として母と一緒にはおたくできないと決定的に決まってしまった瞬間があった。それは友達に誘われてKAT-TUNのライブに行くことになったときに母を連れて行ったことが原因だった。行きたいと言ったから連れて行ったのだけど、母はNEWSが一番良いという考えを決してその場でも曲げなかった。私は現場によって気持ちを切り替えてその場を最大限に楽しもうと思っているのだけど、母は違った。観に行ったのは3人のKAT-TUNが再始動したUNIONの東京ドーム。新体制になった彼らのパフォーマンスはとても格好良くて刺激的で面白かった。母の感想はここではあえて書かないけど、私とは全く違って、大好きなNEWSと比較してどうの…的なことだった程度に触れておこう。この公演の後、私は母と私とで持っているものさしが違うんだなって気がついた。それと同時に、そろそろNEWS担を名乗るのを辞めようと決心した。これは私の気持ちが疲れてしまったことだけが原因だったので、シゲアキさんへの想いが無くなったわけでもNEWSがキライになったわけでもなかった。そもそも、担降りというもの自体がそのおたく個人の勝手な気持ちの変化によるものだし、別にあれこれ言い訳をする必要はないんだけどね。自分の中でのけじめみたいな感じだよね…たぶん。好きだけど、応援するのがつらくなったので、第一線から退きます、というね。それで私は降り先を決めようと思って、とにかく色々な現場に足を運び始めた。なんとなく、自分の中での期限はNEWSのツアー4部作が完結する2020年までと決めていたし、私の本命は既にKinKi Kidsだったし、自分の趣味のことだから焦る必要はどこにもないし(笑)そんなこんなで担当が決まらず、ただKinKi KidsとNEWSと他にめたくさんのジャニーズが好きだなぁという感覚のままに日々は過ぎていった。

2018年春、EPCOTIAのライブが終わった頃だったかなにか、もう時系列は忘れてしまったけど、NEWS担を揺るがす出来事があった。まだずるずるシゲアキ担を名乗っていた私にももちろん直接的影響が出て、かなりオタクがヒリヒリする状況に追い込まれていった。私のシゲ担の友だちは毎日泣いてたし、母は小山さんに対する世間の対応にイライラしていた(キャスターを降板になったことについて…)。気持ちがかなり離れていた私だけど、この時はかなり周りの雰囲気に圧倒されて気持ちが暗く沈んでいたのを覚えている。

 

忘れもしない、私がたしか15周年のStrawberryの前に母に向けて言ってしまった言葉を。売り言葉に買い言葉だったのかもしれないけど、言ってしまった後にすごく後悔したし、人を傷つけかねない言葉が大嫌いな自分が、NEWSが大好きな母に向かって言ってしまった事実に驚いた。今回の退所を受けて、母が私にこの言葉を私が言ったことを覚えてるかと聞いてきたので、母の心にも私と同じように突き刺さった刃だったのだなぁと改めて感じている…

 

「私にはNEWSが20周年や25周年まで続いてお祝いしてるイメージが出来ない」

 

私は確かにそんなようなことを言った。もちろん当時母は否定したけど、私がNEWSに対してそれほど長くないと思っていることは理解したみたいだった。4人のうち誰か1人が辞めるとき、その時にはNEWSは解体して無くなると思っていたのは私だけじゃなかったんじゃないかなというような気がする。私はもうそろそろNEWS担降りるけど、ツアー4部作の完結は見届けたいからライブには毎年一回でいいから絶対連れて行ってねと約束をしたから、あの出来事はお互いに良く覚えている。そんなことがあった後、母がどうしても2日間とも行きたいと言うから必死でStrawberryの初日のチケットを探したりもした。夏の野外ライブ。秩父宮どころか、味の素スタジアムというおっきな会場でやったNEWSの15周年のお祝い。好きになったばかりの頃よりずっと沢山のファンがついていたし、みんなで盛り上がるお祭りのはずなのに、色々ありすぎたせいでかなり空気は割と重ためで、私は終始号泣だった。好きになってくれて、ついてきてくれてありがとうと、NEWSのメンバーはよく言うけど、なんかほんとに簡単な気持ちでついて行き続けるのは難しいなぁと、妙に納得してしまった私がいたのも覚えている。

2018年冬、EPCOTIA  ENCOREでドーム公演。NEWSの単独カウコンなんてホントに滅多に無いことだから絶対行きたい!となぜか母より私の方が乗り気で年末に大阪遠征までした(笑)ちなみに可哀想な父は東京に置き去り…(笑)単独カウコンはシンデレラガールが聞けてマジで楽しかった。大阪まで行った甲斐があったなぁと母と珍しく意見が合ったこともあり、楽しかったという感想に尽きる!私は春のEPCOTIAからジュニアの新藤くんが気になっていたのですっかり新藤くんとかMADEの大河くんとかばかりを見ていたのもまた事実だけどね。にゅすばも一番理想の形だったと、今振り返っても思う。東京ドームも当たったから行ったし、EPCOTIA ENCOREは本当に楽しかったライブで、良い意味で私のNEWSの思い出を更新してくれた。

2019年春、WORLDISTA。ますますNEWSへの熱い想いが燃え上がり現場に貪欲になった母は、近くで会いたいと言って地方会場を申し込んだ。2018EPCOTIAでなぜか埼玉がハズれて宮城へ初遠征したので何かが吹っ切れたのだろうか??(笑)とにかくそんな理由があって私を広島に連れて行ってくれた!!たぶん、私史上秩父宮以来の良席に恵まれ、間近でみたNEWSはやっぱりかっこよかったし、ツアーの世界観も相変わらず凝っていておもしろかった。しかし、2018秋以降ハマりかけていたジュニアの存在とそのトキメキには勝てなかった…。ツアー遠征してわざわざ広島でしかも珍しく良席で、ここまでしてるのに私は今までみたいにシゲアキさんへのキラキラした気持ちを持てなかった。そしていよいよ降り先が心に決まっていたことを自覚したので担降り宣言をして2013年から続いたシゲアキ担という時間に終止符を打ったのでした。

母と約束していたし、私もNEWSのライブが大好きだから勿論4部作最後のSTORYも観に行く予定だった。結局未完結のまま、中止が決定してしまったけど…。素敵なアルバムだし、NEWSが4年間とかそれ以上の時間をかけてファンに見せようとしてくれていた世界は、一体どんなものだったのだろう?こんな私でさえ、かなり今回のSTORYツアーに期待していたしNEWSは絶対期待を超えてくるグループだって信頼もあったし、とにかくツアーが中止になってしまった事実が残念でならない。それと同時に、私の大好きだった4人のNEWSのストーリーも終わってしまったことがわたしは悲しい。だって、私はNEWSの4人のかたちが好きだったから、彼らの作り出すストーリーが見ていたかったから、こころのどこかで彼らの夢の旅の終着点を見届けたいと思っていたから…

 

 

私が母に向けて言ってしまった言葉は、4人のNEWSについて私が心の奥底で思っていたことだったし、1人でも辞めたらNEWSは無くなると思っていたのも本当の話。

結果論だけど、ツアー未完結で4人のNEWSが終わってしまったことによって、皮肉にもNEWSの今後がもしかしたら思い描いていた未来とは随分違う結末へと進み始めたのかもしれない。現に3人になってもNEWSを守ると明言してるからね。

 

4人になった後にファンになった私からしたら、大好きで一生懸命応援してたグループからメンバーが居なくなるのは初めての経験だった。

 

私はジャニーズ事務所がどういう会社だろうと、ジャニーズに所属するタレントに特別な意味を感じていて、それを愛している。これこそがブランドというものだと思うし、好みは人それぞれだし。

私は、ジャニーズを離れた人はやりたいことと合わなかったんだなとかタイミングだなとか、色々思うことはあるしやっぱり寂しいと思っちゃうけど、そんなに執着しないスタイルをとってる。今回もそう。私はジャニーズのアイドルを応援したいので。彼らの物語を見ていたいので。だから3人でNEWSを続けるんだ!と言われたら、今までみたいにゆるーくにはなってしまうけど、なるべく長く彼らの夢が描き続けられますようにと祈りつつ、私なりに応援していこうと思う。

 

そして、彼らが望んでいるから、去っていった君にも、永久に幸あれと願っている。うそがつけない君だから、純真無垢で素直な心の持ち主だから、守ってくれるおっきな存在を手放してしまって大丈夫かしらととても心配だけど。でもきっと、20年ちょっとしか生きてない小娘の私なんかより、たくさんの経験をしてるんだから私なんかに心配される筋合い無いよね(笑)世の中、あちこちにキタナイ大人がたくさんいるんだなぁとか、悪意にまみれた人が手をこまねいているんだなぁとか、まだまだちょこっとしか社会に出ていない私でも感じるから、やっぱり私は心配です。母が応援してる君が、母の気持ちや期待を裏切るような人では絶対ないと信じているけど、どうか疑り深さも忘れずに…本当にやりたいことをできて幸せだってにこにこしててほしいな…!

 

今日の夕方、本来ならSTORYのオーラスをナゴヤドームで迎えていたはずの時間に、何を見せてくれるんだろう?心がぎゅっとなるけど、せっかくファンクラブにはあの夏入会して以来ずーっと入ってるから、心して見届けます。あわよくば楽しい夢を!素敵な新しい思い出を!

 

 

 

NEWSを好きでいた時間はかけがえのない宝物だし、なによりキラキラした青春の思い出だから。忘れないよ、絶対に。

 

たくさんの4合わせをありがとう

 

どうか、貴方たちとファンとで描く大きな夢が末永く続いていきますように。私は願っています。

 

恋をした
たった一度の季節
そのまま、永遠のままに
星と共に


時はもう戻らない
浮かぶ夢は幻
二人横に並んだ
夏の影はまやかし


訳もなく流れた
泪は知ってた
いつかは僕らに
こんな日が来ること
わかっていたはずさ


恋をした
たった一度の季節
そのまま、永遠のままに
ありふれた
言葉だけど歌うよ
僕らがまた出逢えるように
夏のメモリー
星と共に

 

~(中略)~


恋をした
たった一度の季節
そのまま、永遠のままに
抱きしめた
温もりを残して
僕らの夢は過ぎていく
星に願いを...
さよならじゃないから
僕らがまた出逢えるように
夏の空に
願いかけて

(NEWS 2018年EPCOTIAより『星に願いを』作詞作曲:きみどり)

 

 

 

 

 そる(2020/6/28)